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部長日記   Ian McDonald先生のこと

10月 7th, 2009

先ごろ、脱髄疾患の研究に邁進しておられるある先生からジフテリア毒素についてご質問のメールをいただきました。ジフテリアなど今どき忘れ去られたような病気ですが、実はジフテリア毒素は非常に強力な脱髄毒素で、小生がロンドン大学のQueen Square神経病院で軸索萎縮を研究していた時、脱髄疾患の権威W. Ian McDonald教授からジフテリア毒素を分けていただき、弱毒化した少量のジフテリア毒素でモルモット軸索萎縮モデルにジフテリア神経炎を作成したことがあったのです。件の先生は小生がジフテリア毒素を扱ったことがあることを知り、お問い合わせのメールを下さった訳です。その内容についてはプライオリティの件がありますのでお話出来ませんが、小生にジフテリア毒素の使い方を教えてくれた多発性硬化症の権威、Ian McDonald先生の思い出をちょっと書きたいと思います。

McDonaldの多発性硬化症診断基準、知らない神経内科医はいないでしょう。McDonald先生は2年前に亡くなられるまで終始世界をリードし続けた研究者でしたけれど、もとはNew ZealandOtagoからQueen Squareに来られ、生理学のSears先生と脱髄の電気生理を研究なさるかたわら、小生の恩師Roger Gilliatt先生が主催される臨床神経学教室で臨床家としての頭角をめきめき現わされた方でした。80年代初頭のQueen Square水曜カンファレンス(症例検討会)でdiscussionの口火を切るのは決まってPK Thomas先生かMcDonald先生で、古典的な記載から最新の情報まで博覧強記の論陣を張るPKに対し、慎重な口ぶりで思慮深く病態解析をされるのがMcDonald先生の特徴でした。

Queen Squareの水曜カンファレンスはその全発言を速記者が記録し、タイピストが文書に仕上げていましたが、英語が苦手な小生のために懇意のタイピストがカーボン紙を挟んで小生の分も余分にタイプしてくれました。その600例余の症例記録はいまや小生の宝物です。Gilliatt教授の司会でAlaister Compston(現ケンブリッジ大神経内科主任教授)やAnita Harding(前ロンドン大神経内科主任教授)など当時の病棟医のプレゼンテーションに対するMcDonald教授やJohn Marshall教授、PK Thomas教授、Newsom Davis教授など沢山の先生方の討論が生々しく記録され、いま読んでも先生方の声が聞こえてくるようで胸がわくわくします。彼の英語はちょっと鼻にかかったposhなトーンで、英語の苦手な小生にはとても分かり易かったことが思い起こされます。

McDonald先生が患者の眼底を除いた瞬間に「梅毒性」と確診したのにビックリしたことがあります。日ごろ沢山の患者の眼底をみているからこそ出せる診断ですね。今はやりの頭でっかちのひ弱な研究者ではなかった。特筆すべきは、McDonald先生はニキタ・マガロフとも親交があった大変優れたピアニストだったことで、晩年罹患されたStrokeによる御自身の失音楽とピアノ演奏能の回復過程の自己記載(Brain129:2554,2006)が白鳥の歌となったことなどは、論理と臨床と繊細な感性に生きたMcDonald先生の真骨頂だと感じます。ちなみに、83年に帰国した小生を87年に英国王立医学会会員に推挙して下さったのはGilliatt先生とMcDonald先生でした。写真左は1982年晩秋のロンドン大学神経病院(National Hospital)とQueen Square、写真左はその年のクリスマス休みの時にとられたもので、若かりし小生の後に白衣の恩師Gittiatt先生が立たれ、隣にshyな笑顔を見せているMcDonald先生がおられます。小生の隣は当時のNeurology研究室のChief TechnicianMr.Yogendranです。

 

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