はやくも夏休みシーズン後半、冷夏の予測は見事に外れ、青森はいまだに連日の猛暑です。その中で、当科の若者達は暑さに対抗するように神経筋電気診断セミナーや筋病理セミナーなどに参加して新しい知識やテクニックを貪欲に吸収している様子、頼もしい限りです。
小生はといえば、南半球シドニーで行われたPeripheral Nerve Societyに参加してきましたが、いま向うは北半球と正反対の寒さの季節。ホテルから歩行距離20分ほどのシドニー大学レクチャーシアターまでトコトコ歩いて通っているうちに風邪をもらってしまい、帰青してから発熱などする始末。体調回復に2週間ほどかかってしまいました。写真は広大なキャンパスにオックスブリッジを彷彿とさせる石造り校舎とモダンな研究室が隣り合うシドニー大学構内、雨上がりの虹がきれいでした。
お盆の13日夕からは9日間の休暇をもらって両親の墓に詣でたあと、14日から3日間は恐山宇曽利湖畔の大尽山と仏ヶ浦奥の岩山、縫道石山に登ろうと女房と二人で勇んで出かけたのでしたが、生憎の悪天候。雨模様の中を登り始めた途端に視界の悪化と足元の危険を感じ「即撤退!」という度胸のなさ。仕方なく仏ヶ浦で舟遊び、下風呂温泉で海峡の漁り火を望みながらウニ・アワビ、朝イカなどに舌鼓の優雅な3日間。折しも海峡の彼方に望む北海道日高では東京からのワンゲル学生が沢で流されるという痛ましい遭難事故。危うきに近寄らない中高年の悪知恵をあざ笑うかのように、帰る日から晴天に転じたのには地団駄踏みました。癒しの4日間ではありましたがちょっと残念。登攀はまたの機会に持越しです。
お休みの最終節週末は上京し、慶応生理学の岡野先生によるiPS細胞臨床応用に関する講演を拝聴しました。動物実験とはいえ脊髄損傷対麻痺の驚くべき回復やパーキンソン病などの難病治療薬開発に資する奇想天外の展開に驚嘆、神経治療学の未来が楽しみになってきました!
学会参加での楽しみの一つに、恩師や旧友との再会があります。今年の学会でも沢山の先輩方と再会を果たし、感動と勇気とお励ましをいただきました。中でも今年のハイライトは、長く神経学会の事務を切り盛りしてこられた大内さんとのお話。大内さんは学会員のことが一人残らず頭に入っているという驚くべき博覧強記のひと。お世話になった方は沢山いるはずです。
実は彼女は大の音楽好きで、小生の東京でのバッハ演奏会に20数年来足を運んで下さっている大切なお客様なのです。彼女が神経学会事務局を引退するとのお話を聞き、これからもコンサートにいらしてくださいねと、ご挨拶に伺いました。そのときの顛末・・・大内「神経の先生方には音楽のお好きな方が多いですよねぇ、いろいろな楽器に巧みな方も多い。どうしてなのかしら?」。小生「神経の先生方は構造的でかつ美しいものに憧れるからでしょう。神経学の現場ではですね、美しくない考え方や不調和な所見の組み合わせには間違いがあると感じるものなのです。不快感が残る。そこが音楽と同じです。」「神経学って堅固で論理構造の上になり立ってますよね。音楽で云えばバッハ。構造美の極まり。しかも、綴れ織の糸一本一本の流れが自然で必然。モーツァルトのような自然な流れの美しさを求めるのが神経学なんですよ。診断や研究の過程で不協和音や濁り、流れにそぐわない所見は、その解決がない限り美にならないです。何かに間違いがある、と感じるのです。だから、神経の医者がバッハやモーツァルトに取り付かれるのはごく自然のことだと思いますよ。」大内「あらー、そうなのねー・・・(ホントかしら???の表情)」。・・・この会話を通じて、神経学はバッハとモーツァルトと同じの基盤のうえにあるのだ、と小生は確信してしまいました! 県病神経内科をBach-Mozart Department of Neurologyとでも呼ぶことにしましょうか.
神経学会総会に行ってきました。今年の総会には当科から8題が採択されました。分野はパーキンソン病、脳血管障害、てんかん、ギランバレー症候群、糖尿病神経障害と多岐にわたり、方法論も病理、生理、臨床研究と多彩。科内での協力体制はもちろん、弘大の基礎系の先生方との順調なコラボレーションの賜物、学会場では沢山の先生方から青森県病神経内科はとても上手く行っているようですね、素晴らしいですねと声をかけられました。嬉しい限りです。Queen Squareのように、日々の臨床の現場から吹き出た芽が大きな実に育つ研究体制が小生の理想です。写真はわが科の二人の研修医、上野達哉先生の口演発表と、医学雑誌の電撃取材に遭って発表者がビックリしたというポスター前の羽賀理恵先生。来年の名古屋では更に充実した内容で出かけられることを期待しています。
さて、小生が始めて神経学会総会に出たのは1975年のこと。考え難いことかもしれませんが、当時は腓腹神経感覚電位をきちんと記録できる施設は我が国にはほとんどありませんでした。小生は73年に後藤由夫先生に伝導検査技術の確立を命じられ、米国から帰ったばかりの北里大学の鳥居順三先生のラボで神経伝導検査のノウハウを身につけたあと、米国の文献を調べ、既存のアンプとオシロスコープに市販されたばかりの高電圧定電流刺激装置とミニコンピューターを手作りで組み合わせて、腓腹神経伝導の観察を74年から始めたのでした。その結果を携えて始めての神経学会総会出席を果たした訳ですが、その時、ほんの数週前に来日したロンドンのPK.Thomas先生が都立神経科学研究所で腓腹神経伝導検査を実演デモされたと聞き、ビックリした事を覚えています。新参の若造には世界や日本における自分達の到達レベルなど五里霧中、小生達の検査技術が世界最先端に近いらしいことを学会で始めて認識し、ビックリしたのです。しかも、当時私たちはJ.Kimuraという米国人(!?)が始めていたF波という謎の波の臨床応用にも取り組み始めていました。私達のF波記録を見た鳥居先生から「どうすればそんなに美しくF波が記録できるの?」と聞かれて、自分たちの電気生理が意外にいい線で進んでいるらしいことを再認識したのでした。周りの先生方との意見交換から自分達の位置や将来の方向性が見えるようになるのも学会の効用の一つです。若い人たちにはぜひ積極的に外に出て欲しいと思います。



春めいたかと思うと寒風吹きすさび、イソップの童話さながら弄ばれているような北国の春三月、大阪で催された糖尿病学会「糖尿病学の進歩」シンポジウムに行ってきました。末梢神経障害には不快なしびれ感や痛みがつきもの、糖尿病神経障害はその代表的疾患で、我が国だけで百万人を越す患者が苦しんでいます。病的疼痛発生の機序が徐々に明らかになるにつれ、昨今は神経障害性疼痛治療薬の開発が盛んになり、ごく最近、米国FDAで「プレガバリン」と「デュロキセチン」の二剤が神経障害性疼痛治療薬として始めて認可されました。小生プレガバリン開発に責任者の一人として関与したので、両剤のお話をしてきたわけです。この両剤は我が国でも近々導入が検討されており、関係者の期待はとても大きい訳ですけれど、どんな場合に最も効果があるかは色々な場面で使ってみないと分かりません。即効性はプレガバリンが、副作用的にはデュロキセチンに軍配が上がるのでは?というのが現時点での小生の感想です。

新年早々3つの研究会に参加しましたのでご紹介します。
まず、1月21日(木)には既報のごとくCVDの研究会が開かれ、当科羽賀Dr.が昨年の当科脳梗塞患者で発症から治療開始まで要した時間についての調査結果を報告しました。二百数十名の患者中t-PA治療が実施できたのはわずか5名、全体の2%に過ぎず、治療開始までの時間をどうすれば短縮できるか、大きな課題が浮き彫りにされました。小生カメラを持参したのですが、羽賀Drの熱演に圧倒され、我に返ったら彼女の話はすでに終わってました。羽賀先生ごめんなさい。特別講演は岩手医大の寺山靖夫教授で、新しい脳梗塞治療ガイドラインを基に、ご自身の脳梗塞診療に関する理念を述べられました。太平洋戦争中のゼロ戦とグラマンの設計思想などを引き合いに、ユニークな視点からガイドライン設定の背景やそれに囚われすぎた場合の問題点についてご意見を述べられました。小生は、それなりの立場にある先生が「治療ガイドライン完成すなわち治療法確立」とおっしゃるのを聞いて、ビックリしたことがあります。寺山先生のお話はそれとは全く逆の、苦悩する臨床家の琴線に触れる説得力に富むものでした。
23日(土)は「動画で学ぶ青森神経症候研究会」でした。文章では形容しがたい舞踏運動、チック、Oculogyric Crisis、Kojewnikoff症候群 などのビデオを見ながら特別講演の福島医大宇川教授も巻き込んで白熱した議論が飛び交い、2時間の予定が3時間に超過するほどの興奮のひと時でした。「青森」と銘打ったのですが、蓋を開けたら函館や秋田、岩手からも先生方が駆けつけられ、「青函・北奥羽」に名称を変えようと思ったほどです。なお、宇川先生は厳しい質問やご意見を真正面から投げかけることで有名な方ですが、小生は先生のご発言の端々に臨床神経学とその周りで悩める亡者どもに対する先生の「求愛」の心を感じました。日本的付和雷同を排斥する姿勢にも大賛成です。写真は研究会終了後に宇川先生を囲んだ一こまです。
最後に、26(火)27(水)の両日、英国大使館の会議室で「UK-JAPAN脳機能解析ワークショップ」なるCLOSEDの会がありました。尾崎 勇先生が10年数来続けてきた脳磁場解析の共同研究者として小生も大使館からご招待に預かったのです。領事部には留学前に行ったことがありますが、大使館の構内を歩けるのは初めてなので、興味津々出かけた訳です。その塀の内側は、うっそうと生い茂る木々の中に石造りの家が散在する、まことに英国村でした。Reception Roomは質素だがサロンコンサートでも似合いそうなエレガントな造り。ワークショップは新しいホールで行われましたが、講演途中の合間合間に質問だの議論だの笑いさえ入る種類のアットホームな雰囲気でした。そういえば、宇川先生もLondonで勉強された方でしたね。英国流の議論は上下関係やポーズにはとらわれない自由さが取りえです。
明けましておめでとうございます。
県病神経内科では昨年末ギリギリまでいろいろな研究会があり、とても充実した1年でした。年が変って、今月は1月21日、岩手医大神内寺山先生のご参加を得ての脳梗塞診療ガイドラインの勉強会に始まり、23日に福島医大神内の宇川先生との不随意運動の勉強会、2月は4日に順天堂大神内服部先生とパーキンソン病の、12日に京大神経内科の池田先生とてんかんの勉強会をすることになっています。今年もまた熱いディスカッションが楽しみです。新年早々のドカ雪にめげず、関係諸先生方のご参集をお待ちしております。
この1年、若い先生方の成長には眼をみはるものがありました。その結果、診療体制の充実はもちろん臨床研究体制も着々整ってきました。三木先生によるパーキンソン病皮下神経Lewy小体の発見は全員の協力体制のもとで行われた世界的成果でしたし、沢山の症例の中にはあっと驚くような発見が沢山ありました。本日(1月7日)の総回診も、LEMS、Ophthalmoplegia plus、亜急性ataxia+OD、後骨間神経麻痺と見紛うCVDなど、新年早々目から鱗が落ちるような新入院が目白押しで、excitingなものでした。
ところで、医学の世界には「遊びの研究」というものがあります。そのときの流行に乗ってデータを弄ぶような研究とでも云いましょうか。実際上、臨床的リアリティからかけ離れた基礎研究は臨床医学や医療にとってまことに有害です。いわば患者そっちのけの研究で、患者の苦悩が置き去りにされるからです。ロンドンで研究を始めて間もない頃、ある高名な米国人Neurologistによる講演会のあとGilliatt先生が小生の研究室に来られ、「今日の講演内容をどう思うか」と問われたあと、続けて「患者診ずして研究なし、心するように」と言われたことが忘れられません。臨床基盤のない「まゆつばの研究」だとの批判でした。県病神経内科では、来春4月から後期研修医のDrたちが弘大病理、神経病理、神経生理学教室の社会人大学院生として各々自前の謎解き挑戦を開始する予定ですが、臨床医学研究では患者と共に歩まずして動物実験などありえないこと、若いDrたちに身を持って体験していただきたいと思います。
小生はと云うと、畏友八木橋操六、額田均両先生と共に糖尿病性神経障害の病態解析にもう少し切り込みたいと思っています。30数年前に恩師後藤由夫先生から「糖尿病神経障害の電気生理診断基準を作れ」といわれて以来ずっと目標にしてきた課題で、世界中未だ誰も成功していませんが、残された数年で何とかメドがつけられそうです。今年もよろしくお願いします。
年の瀬を迎えましたが、当科では年末に入ってもいろいろな勉強会が催されています。
先月末には循環器科と合同で「脳と心臓」研究会がスタートし、ドパミン作働薬による心臓弁膜症の問題が取り上げられました。パーキンソン病スペシャリスト冨山先生の基調講演に続き、羽田勝征先生(榊原記念クリニック、東京)が特別講演でP病患者弁膜症の心エコー動画を供覧なさいました。羽田先生はパーキンソン病の心エコーガイドライン作成に関係された心エコースペシャリストです。小生7,8年前に高度心不全を来たしたハシリの症例を経験して以来パーキンソン病患者の聴診と胸部Xpを心がけているので、聴診の有用性について質問させていただいたところ、羽田先生はとても驚かれ、「今はエコーがあるので循環器医は聴診しなくなりました。神経内科医が聴診するなどとは思ってもいなかったので、葛原理事長に心エコーを勧めました」とのこと。どうもパーキンソン病の心エコー義務付けには牛刀をもって鶏を割く類の趣あり。しかも羽田先生から「神経内科医は今もハンマーなど使うのですか?」と逆質問され、今度はこちらが椅子から転げ落ちそうになりました。ハンマーだのピンを駆逐するハイテク検査は今もありません、遺伝子だのMRIは単なる「補助検査」に過ぎず、神経学的診察はヒトの複雑な神経機能の破綻をいち早く的確に把握するための知恵の集大成であること、羽田先生にご説明申し上げた次第です。
続いて先週月曜日、青森市内の先生方の集まりで西嶌春生先生が「めまい」の講演を行いました。彼にとっては1時間講演の初デビューでしたが、数例の自験例をもとに中枢性から末梢性まで幅広く網羅した立派なめまい論でした。いまそこにある「めまい」をどう診てどう処置するかは医師の力量が鋭く試される瞬間ですが、自分が眩暈を起こしたら西嶌先生に診てもらおうと思ったのは小生だけではありますまい(写真1)。
そして今週は弘大神経病理学若林教授による今年度2回目のBrain Cuttingがあり、貴重な剖検脳を囲んで質疑応答がありました。今回は、現在当科で研修中の弘大5年生本郷さんの脳解剖の知識が大変充実していることに一同ビックリ。若林教授も「ここまで知っていれば神経内科研修は楽しいでしょ?」と舌を巻いていました。そういえば彼女の前に研修した服部君の症例発表も学びの姿勢をよく感じさせるりっぱな出来ばえで、スタッフ一同賞賛の嵐でした。
最後に昨夜のこと、岩手医大の寺山教授から脳梗塞のご講演を承りました。脳梗塞初期治療の視点から見るとTIAという病名が死語になりつつあることや、Lacunar stroke, BAD, 脳動脈解離の現実などが詳細に語られました。特に解離病変では治療法のエビデンスが希薄で、臨床医の試行錯誤はまだまだ当分続きそうです。寺山先生を取り囲むようにしてお話を拝聴した若者達の眼が一段と輝いていたことに大きな希望を感じた研究会でした。


北九州市小倉で開催された臨床神経生理学会に行ってきました。この学会、以前は脳波筋電図学会と呼ばれていた伝統ある学会です。脳波といえば、このところ当科では脳波が俄かにクローズアップされるようになりました。てんかん患者さんが増加しているからです。しかし、我が国の神経内科ではてんかんを積極的に扱わない傾向が一般的でした。それは我が国のNeurologyが「神経内科(neurological medicine?)」という内科の一分野と誤解されるような名称であることが一因かもしれません。脳血管障害診療がNEUROLOGISTなしでは完結しないように、神経専門医にはてんかん患者ケアの中心に立つ役割が求められます。意識障害や痙攣、呼吸循環管理は臨床神経医にとっては日常茶飯事ですし、てんかん発作の症候学はNEUROLOGISTの独壇場のはずです。実は「神経内科」という診療科名は、明治初年から「神経科」とういう診療科名を他科が使用してきたがために、戦後それを名乗れなかった我が国のNEUROLOGISTによる苦肉の造語でした。小生は「神経内科」から「内」の字を一日も早く取り去るべきだ、と考える一人です。
今回の学会には現在当科の木村珠喜先生がてんかんの勉強のために留学中の米国CASE WESTERN RESERVE UNIVERSITY 神経科 Department of NeurologyのHans Luders教授が特別講演に来られ、側頭葉てんかんのお話をされました。写真はLuders先生とのツーショットです。また、もうおひとりの外国人招待講演者は米国NIHの Mark Hallet先生でしたが、彼は小生の恩師Roger Gilliatt先生がQueen Squareをリタイアされたとき、Gilliatt先生をNIHのEMGラボに招聘された先生です。 Gilliatt先生はその後逝去されるまでNIHでEMG検査を楽しまれたとお聴きし、とても懐かしく思った次第です。今回のHallet先生のお話はdystoniaの発症機構についてで、脳の可塑性に関連した大変興味深いものでした。

昨年度と今年度前半期の診療実績が明らかになりましたので、その一部を簡単にご紹介します。まず、H17 年度までの入院患者数は年間250から280位でした。神経内科が新体制をとったH19年度に始めて300を越して333名を記録し、脳神経センター発足の昨年度は480名に達しました。疾患別の主な内訳はCVD 225、ALS 29、てんかん重積発作 27、多発性硬化症 22、脱髄性神経炎18、筋疾患 21、神経感染症 20、代謝性脳症 19、小脳変性症12、脊髄疾患12、などです。一方、外来患者数は1日平均50~60数名であまり変っていません初診率が8%から11%となり、外来稼動額は平成18 年度の140%以上となりました。丁寧な診療体制が充実した賜物といえましょう。
さて、これは本日明らかにされたホットなデータですが、今年度4月~9月の前半期入院患者数と稼動額は昨20年度を10~20%上回るペースであることが分かりました。外来・病棟の神経筋電気生理検査は週15~20件、てんかんの脳波検査も月20件以上に達し、筋生検、腓腹神経生検、皮膚神経生検も毎週数例です。岩手や函館地区専門医との連携も整うなど、北奥羽地区神経センターとしての役割が果たせるようになりつつあることは本当に嬉しく、外来・病棟スタッフはもとより病院幹部や連携病院の方々など、内外の協力者に感謝感謝です。しかし、県全体の神経内科医療は全国レベルに比べてまだまだ貧弱で、人口当たりの神経内科医数は都会の10分の1以下にしか過ぎません。したがって、青森県全体の神経疾患診療体制充実に向けては、これまで以上の努力が当分必要です。幸い県病神経内科には来年度も専門医を目指す後期研修医が新たに何名か加わることが決まりました。互いに切磋琢磨して世界レベルの神経センターを目指すことこそが県内医療体制の充実に直結するはずです。若い力の更なる参加を熱望しています。
東海地方から本州を縦断して三陸沖に抜けた大型台風18号に正面衝突しそうになりながらも、何とか肩すかしで避け、岡山の糖尿病合併症学会(10月19日20日)に行ってきました。
今回の学会でとても印象深かったのは、驚くなかれ、本場のインド古典舞踊。招待講演者UCSDのDr. Kumar Sharmaに同行した奥さんのShobaさんが実はプロのインド古典舞踊の名手で、その彼女が1時間ほどのインド舞踊を公開公演なさったのでした。ガネーシャやシバ、クリシュナなどおなじみの神々や阿修羅が立ち代り現われる愛や嫉妬に彩られた4つの物語。観衆はインドのコスチュームにつつまれた繊細でしなやか、かつ強靭な彼女の動きに息を呑んでいましたが、最前列に陣取った小生は彼女の足に見とれちゃったのであります。裸足の足や趾にかくも多彩な表情があるとは!・・・実はその直前、小生は糖尿病ニューロパチー患者の足甲の短趾伸筋萎縮と筋電図の話をし、筋萎縮の診方を質問されたので、それに答えようと我が足を出そうとしたところ、会場の失笑をさそったばかりだったのです。彼女の短趾伸筋は5cmほどの幅をもった力強くも立派な膨らみで、実に見事に鍛え上げられておりました。
